竜
『その竜はあんまりにも青いから、
空を飛ぶと見えなくなってしまうんだ』
辺境の村に伝わる伝承より
真竜
外見
一般に竜と呼ばれるのは、 角に牙、爪を持ち、 鱗に覆われ、 皮膜の翼を生やした、 爬虫類然とした巨大な生き物だ。 しかし、 それはレッサードラゴンという種であり、 古代において世界を支配していた真なる竜とは大きく異なる。
伝承やわずかな目撃証言によれば、 真竜もレッサー種と似たような姿で現れることが多い。 が、それとは別に、 全身ふさふさの毛で覆われていたり、 ぬめぬめした表皮で覆われていたり、 蛇のような長い胴体を持っていたりと、 あるいは全くこの世の物とも思えぬ奇怪な姿をしていたりと、 所謂トカゲとは違っていたという話もある。
仮身
真竜の実体は、 その外見にはない。 彼らという存在の本質は、 実体のないエネルギー生命体だ。 数多くの目撃証言のほとんんどは、 身体を安定化させるためにエネルギーを収束させ実体化した、 仮の姿なのだ。
無論、仮とは言えどんな姿でも自在に取れるというわけでなく、 安定させるためにはある一定の法則に従う必要があるらしい。 それが、多くの人間にドラゴンと認識されるような姿になるわけである。
仮の姿がレッサードラゴンと似てることについては、 理由はよくわかっていない。 レッサードラゴンに伝わる伝説によれば、 彼らは真なる竜が力を失った末であり、 姿が似ているのはそのためであると言う。
エネルギー体
真竜が実体をほどくと、 本来の姿であるエネルギー体として現れる。 そのときの姿は、 彼らが固体毎に先天的に持つ、 自然現象を模した属性に沿ったものとなる。
例えば、 土の真竜であれば地中を泳ぐ岩塊、 水の真竜であれば全き純水、 火の真竜であれば燃焼することなく燃え盛る炎、 風の真竜であれば風として流れる空気。 そのような姿を持つ者として、我々の目に映るだろう。
真竜の力は巨大である。 彼らが真の姿で移動しただけでも、 他の生物にとっては天変地異に等しいことは疑いようがない。
真竜の絶滅
この地上に真竜が栄えていたのは、 遥か大昔のことであり、 現在はどこにもいない。 つまり、実質上は絶滅しているに等しい。
なぜ絶滅している、と断言できないのか。 それは、近年でも稀に、 真竜と思しき存在が発見されるからである。
特に有名なのは、 500年ほど前に東方で復活した真竜“ユティディーラ”だろう。 原因は全くわかってないが、 ある日のこと突然に姿を現したユティディーラは、 全身から強烈な光を放射し、 その地にあった集落一つを丸々焼き払ったという。
被害はそれだけに留まらず、 近隣の村や町が次々と襲われた。 直接に教われなくても、 近くに居るだけで体調の不良を訴える者が続出したとの記録もある。 どうも毒の類をまいたらしく、ユティディーラが死した後もなお、 しばくらの間その地では人間を含む動植物はまともに生きることができなかったらしい。
竜人
存在は確認されていない。 個人的には、ただの御伽噺の類に違いないと断言したい。 だが、ある種の者たちの間では確信を持って語られる存在。 それが、竜人だ。
竜人とは、竜の血を引き、 その身のうちに真なる竜の力を宿す存在だと言う。 そして、普段は人の姿をしていながら、 いざというときには真なる竜の姿を、 仮身でもエネルギー体でも現すのだとか。
繰り返すが、 このような生物の存在は確認されていない。 超人願望、英雄願望が生み出した伝説の域を出ないだろう。
古代文明の竜
各地にモニュメントを残したこと以外、 その内実がほとんどわかっていない巨石文明だが、 どうも竜と関係あったらしいという説が有力である。 彼らの残したモニュメントには、 竜を模したものと思われる絵が頻繁に登場するのだ。
その時代にはもう、 真なる竜は存在しなかったはずである。 彼らが何を思いモニュメントを築き、 そこに竜を刻んだのか。 その真実は歴史のヴェールの向こう側にある。
神話の中の竜
神話の中にも神や悪魔の類として、 竜は頻繁に姿を現す。
特に興味深いのは、 原因不明の竜の絶滅が、 しばしば神話の中のエピソードのモチーフとして取り上げられていることだ。
竜殺しの創世神話
東方の大国に伝わる神話では、 世界は竜の死骸によって作られたことになっている。
彼らの神話の中では、 祖たる竜から生み出された新しき人の神こそが、 自分たちの崇めるべき神ということになっている。 (蛇足だが、これは竜人の伝説と無関係ではないかもしれない)
そしてその新しき神たちは、 自分たちが支配する世を作るために、 違う世界観の中に生きている父母たる竜に反逆する。 神々と竜は激しい戦いを繰り広げ、 最後は新神のリーダーである雷神が、 自身の手で殺した竜の死骸を細切れにばら撒いて、 大地や海、空気を作ったという結末で終わる。
黒竜の伝説
エール教の中では竜とは純然たる悪役であり、 または悪魔の化身として表される。 その中でも竜が最も大きく扱われているのは、 黒竜の伝説であろう。
その伝説の主役は、 “虚無”の属性を持った名もなき黒い竜である。 黒竜はただ本能の赴くままに世界を食らい、 崩壊へと導いた。 その力を慕い、神に逆らう多くの竜が黒竜の下に集った。 (本能の赴くままに食らう竜に上下関係が成立し得るのかが、謎である)
黒竜を中心とする竜の軍団と、 神に使わされし天使の軍団は 7 日 7 晩に渡って争いを繰り広げ、 そしてとうとう 4 位の大天使が自身を犠牲にすることで、 首魁たる黒竜を封印した。 この戦いにおいて敗北した竜たちは、 ある者は天使に滅ぼされ、 ある者は身を潜めて眠りにつき、 神の御手によって世界から竜は取り除かれたのだ。
しかし、黒竜は滅んだわけではない。 いつの日にか蘇り、 眠りから覚めた竜たちや魔獣、 邪悪な人間を率いて再び神に戦いを挑むとされる。 勿論、宗教の伝説であるが故に未来のことまでも結論が定まっており、 最後の戦いでも神が勝利を収め、 一切の邪悪や異物が取り除かれた完全な世界がもたらされるという 結末で締めくくられている。
竜研究家イストール著『竜の世界』より抜粋