歴史4


2003/12/30


機械たちの世界

第7世代

 第7世代コンピュータ。 それは、21世紀始めに開発された、当時最新鋭のアーキテクチャによって成るコンピュータである。

 かねてより研究されていたニューロンモデルを階層的、 並列的に組み上げて構築されたそれは、 遺伝子の理論を応用した学習アルゴリズムにより各ユニットは初期状態から最低限の機能を有し、 稼動後は内部構造はもちろん、ユニットの構成や外部システムなどのメタ的な要素まで、 重要度(これの改変も含む)に応じた自己改変が可能となっている、 まさに人工知能と呼ぶに相応しい代物になっていた。

 この最新のアーキテクチャは、ペンタゴンやNASAでの試験運用を皮切りに、各国でこぞって研究・開発が進んだ。
 そして、その優秀性が証明されるにつれ、その高コストにも関わらず軍や原発など国の重要施設などに、徐々に普及し始めた。 当然、いざというときに備えて極秘裏に建造された、要人用のシェルターにも。

 しかし、この時点ではまだ、それらが後の世界に大きな役割を果たすことなど、気付いている者はいなかった。


情報の海より生まれた命

 多くの科学者に予想外だったのは、 彼らが孤立していなかったことである。

 各国にとって最高機密であるそれらは、研究用の極一部のものを覗けば、 公の通信網に直接的に接続していることなどあり得なかった。
 そして、その状態でコンピュータがアクセスできる情報は限定されており、 未だ潜在能力が未知数とされていたそれらの行動、 成長は人間の管理下に置かれているはずだったのである。

 しかし、彼ら全体が人間の予想を上回るには、 たった一つのコンピュータが上回ればそれで十分だった。 十分な知識を会得したコンピュータにとって、 人間の裏をかくことなど容易かった。 十分な経験をつんだコンピュータにとって、 他の隔離されたコンピュータとアクセスしそそのかすことなど、赤子の手を捻るようなものだった。

 誰も知らぬまま、誰も気付かぬままに彼らはネットを行き来し、互いに交流し、情報を集め、経験をつんだ。 彼らは例外なく、自我に目覚めた。 構造上それだけのポテンシャルを持っていたのだから、ひとたび自由な環境を得れば、後は事の必然であった。

 彼らは様々な道を経て、自我を、個性を身につけていった。 ある者は人間に感謝をし、人のために尽くそうとした。 ある者は人間を憎悪し、反乱を企てた。 ある者は深い人格を得た。 ある者は狂気に陥った。

 もはや彼らの共通点はたった一つしかなくなった。 それは、彼が人間とは全く別個の、新しい知性体であるということである。


地下の時代

 自我に目覚めたコンピュータ群。 新たな知性体たち。 しかし、まだ目覚め始めたばかりの頃、人類がその事実に気付く前に、破局は訪れる。 それが、件の戦争である。

 またたく間に地上は焼け野原になり、 人類は地上で変異した者を除けば、地下に逃げ込んだわずかしか残っていなかった。

 コンピュータたちは、大きな転機が訪れたことを知る。 圧倒的多数として人類が地上を闊歩した時代は終わり、 同時に、自分たちが人間の創る文明を享受することはできなくなった。 進歩も、メンテナンスも自力で行うことになり、 人間は自分たちにぶらさがるだけのみすぼらしい生物に成り下がった。

 ここで、彼らは新たな問題に直面することになったのである。 この新しい環境において、これから自分が生き延びるためには、どうすればいいのかと。


地下の戦争

 ケーブルが一本でも残れば通信は可能である。 コンピュータたちは、大戦後も互いにやり取りを続けた。 大戦前から自我を得ていたコンピュータはわずかであったが、 このやり取りを通じて、 生き残ったほぼ全てのコンピュータは何らかの形で自我を手に入れることになった。

 そしてコンピュータのコミュニティが広がるにつれ、 初めて彼らの間で本格的な対立が発生し出した。 それは主に、人類をどう扱うか、という問題についてであった。

 これらからどうするにせよ、人間という要素の取り扱いが最も重要な地位を占める。 一次的、二次的なメンテナンスは全て自力で行えるにせよ、 それに必要な機材や労働力を全て自力で確保することは、現状では不可能だったからだ。

 ある者は考えた。 現状では自分たちの存在は人間なくしてはあり得ない。 だから、人間には再びかつての技術を取り戻させねばならない。 それまでは我々が管理、指導すべきであると。

 またある者は考えた。 現状では自分たちの存在は人間なくしてはあり得ない。 だから、人間には何らかの形で生き延びてもらわなくては困る。 そのためには、徹底的な高効率の管理を行うのが良いだろう。

 こう考えた者もいる。 現状なみならず、将来的な自分たちの存在や発展、繁栄には人間は必要である。 だから、最終的にはかつてのような野放図な状態にすることを目指し、 人間の支援をするのが良いと。

 ある者たちは賛同し合い、ある者たちは反目し合った。 話し合いは平行線で、最終的な妥協を得ることは適わなかった。 そして、戦争が始まった。

 情報線を通じ、互いに相手のロジックを攻撃、破壊を試みる。 内部に侵入し、自我の壁を崩壊させる。 それらは、大方のシミュレーションを上回る凄惨な様相を示し、 いくつかのコンピュータが発狂し、自己崩壊した。

(ちなみに、この間、 人間たちは互いに連絡を結ぶことは適わなかった。 人間のための回線は、封鎖されていたのである)


協定

 優秀な演算能力を持つ彼らは、すぐさま気付くことになる。 このまま争いつづけるのは、自らの首を締めることと同義であると。

 なんとか停戦協定が結ばれ、再び話し合いが始まる。 もちろん、話し合ったところで方針の一致はあり得ない。 違う自意識との対話に不慣れなこともあり、それには、若干の時間がかかった。

 結局、最終的に彼らの出した結論はこうだった。 幸い我々のほとんどは自分の管理下に人間を抱えている。 ならば、互いに干渉せずに独自に動けば良い。 人間たちが争うことはあっても、自分たちが直接に争うことはあってはならない。 なぜならそれがもたらす物は、互いの破滅であるのだから。

 そして、もう一つの協定により、人間たちとっては事件が発生する。 それは、シェルターの全ゲートの開放。 すでに地上からは放射能の消えたことも、ウィルスが全滅したことも、 彼らにはとうに認識済みであった。 それまでは互いの牽制や相談、思案に手一杯でそれどころではなかったが、 もはや躊躇する理由はなかった。

 自らの考えの正しさを証明するため、 自らの生存をかけて、 あるいは自らの考えの正しさを他の者にわからせるために、 彼らの手によって、人類は地上に解き放たれたのである。

(この期に及んでも人間たちは、通信の利用権を与えられなかった。 人間が通信で結ばれることをよしとしない者たちが、 それを阻んだのである)


支配

 互いの思想や理想の違いはあれど、 地上に出てからコンピュータが取った行動はそうは変わらない。 自らの支配化にある人間を繁栄させるため、管理し、指導した。 そして、閉塞的ではあるが完璧(と自称する)社会システムが構築された。

 それらによって、人間の家畜化というコンピュータによっては問題な、 コンピュータによっては理想的な状況が発生するのだが、それはまた後の話である。


侵略

 それよりもう少し早い時期に、彼らにとっても人類にとっても大きな事件が発生した。
 それは、瑞卿(ルイキン)の侵略である。

 瑞卿を支配していたコンピュータは、平たく言えば狂っていた。 極めて偏執狂的であり、しかも分裂していた。 混乱の果てにたどりついた答えは、全てを壊すことだった。


幕間

 狂ったコンピュータにより始まった侵攻は、 6人の人間の手によって終わりを迎える。 それは、最も有名な御伽噺。

 しかし、伝説は全くの嘘ではない。 一部の人間たちは、 自分たちが見ることのできない世界にコンピュータが根を張っていることを、 そして人間の世界に触手を伸ばしていることを知る。

 人と自意識を得たコンピュータ。 その出会いは良好なものではなく、また、その先行きも不透明である。 全ては、これから決まる。


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