歴史3


2003/12/30


新世紀

開かれた天井の扉争

 人々がシェルターに逃れてから、おおよそ200年ほど後の話である。 変化が、起きた。

 何の前触れもなしに、ほとんどのシェルターの地上へと通じる扉が、同時期に開放されたのである。
 突然の出来事に地下世界はパニックに陥った。 200年の年月の間に正確な情報はほとんど失われ、 地上に対する恐怖心だけが受け継がれていたのである。

 しかし、このとき、もはや地上からかつての脅威は消え去っていた。 200年の歳月のうちに放射能は半減期を迎え、 ナイアールHT1は、潜伏期間、発症から死亡までの時間がともに短いことにより、 感染する対象を失い、自然消滅してしまっていたのである。

 幾人かの勇気ある者たちの手により 地上に出ても無事であることが確認されると、 次は地上への移住が始まった。


地上への帰還

 地上への移住。それは、決して楽な道のりではあり得なかった。
 200年間もの長きに渡って地下で暮らしてきた人々にとって、地上は全くの異世界であった。 地下に居た間にすっかり様変わりしており、過去のデータベースすらろくに役立たないのだ。

 危険な変異生物、毒を持っているかどうかもわからない植物、荒れ果てた大地。 地形も大幅に変わり、海岸線に海は無く、かつてあったはずの川は干上がっていたりする。
 そんな環境下で一からやり直すのは、至難の技だった。

 ただ、いずれにせよ移住は絶対に必要であった。 元々、ほとんどのシェルターはさほど長い耐久年数を有していなかった。 ここまで生き延びていると言う事実は、シェルターが無事であるという証拠ではあったが、 しかしそれは、完全稼動を保証するものではない。 多くのシェルターは、補修を繰り返し、機能の一部(あるいは大半)を失いながらも、 だましだまし何とか稼動している、という状態だったのだ。

 人々は、地上で生きる方法を模索しだした。 あらかじめシェルター内に用意されていた資材や重機で都市を作ろうとする所があれば、 シェルターを切り崩して資材と活用する所もあり、 かと思えば、適当に木を切り出して掘建て小屋を建てている所もあった。 未だ無事なシェルター内の食料生産システムにおんぶに抱っこな所もあれば、 地下で栽培していた穀物や野菜を地上に持ち出す所もあり、 打って変わって、地上の変異生物や植物を食料にする所もあった。

 互いに横の繋がりは全くなく、それどころか互いの存在自体を知らない、 分断された人類は、それぞれの方法で、未来を生きる道を作り始めたのである。


混沌の黎明

 それからしばらくのことは、よくわかっていない。 猛烈な勢いで人類が復興したのは確かであるが、 その様はあまりにも混沌としており、あまりにも多くの出来事が起こり、 あまりにも多くの思惑が絡み、記録自体がほとんど残されていないのだ。 ここでは、いくつかわかっていることを、軽く説明しておくに止めておこう。

 この間に起こった最も衝撃的な出来事は、ミュータントとの出会いである。 初めて出会う、確かな知性を有した人類外の存在 (正確には人類の内に入るのだが、人々の方がそう認識しなかった。 ちなみに、ミュータントから見た旧人類は「一つの種族」である)。 彼らの存在は、好奇心を生ませ、警戒心を抱かせ、嫉妬心を煽った。
 表面上は友好関係を結んだ所、不干渉を決め込んだ所、 敵対している、あるいはしていた所など様々だが、 そのどこにおいても、そういった感情がなくなることはなかった。 そしてそれは、人体実験や戦争など、悲劇に結びつくことも珍しくなかった。

 方々で復興を図っていた人々が互いの存在を認識し出したのも、この頃だ。 いつの時代にも、内より外に目を向ける者、あるいは向けざるを得ない者はいるものである。
 冒険家は白地図を文字や記号で埋めていく。 その過程で、互いがいるという事実を知り、交流が発生する。 それは、商業的なものであったり、人そのものの流れであったり、 ときには、軍事的なものであったり。
 そう、いつの世でもそうであるように、交流が生むものは決して良い物ばかりではなかった。

 その一面が、一部の大都市の台頭である。 古きから受け継いだ資産によって余裕のある生活を営む彼らは、 生産活動のために自らの汗を流すことを良しとはしなかった。
 そんな彼らにとって、うってつけの資源が、外にはあったのである。

 旧世代から残された技術力による圧倒的な軍事力。 瞬く間に周囲の町や村を支配、占領する。 そうして、その労働力を自分たちのものとし、富を独占しようとする。 当然、それを狙った他の都市や、反抗を試みる配下の都市との戦争も起こる。

 新時代における、最初の戦乱の始まりであった。


神話の戦い

腐肉より生まれた力
 この戦乱において、主役とも言える都市があった。 その都市の名は、瑞卿(ルイキン)。 その辺りでは圧倒的な力を持つ、最大級の都市であった。

 瑞卿は、ある力を手に入れた。 その力の名は、サイバー。

 どういうきっかけで始めたのかはわからないが、 第7世代コンピュータを有し、地上への帰還当初から有数の力を保持していたその大都市は、 いつのころからか、人体と機械を一体化させるサイバネティクスの研究に精を出し始めたのだ。 サイバネティクス自体は、20世紀中頃には思想が生まれ、 20世紀末には研究が始まっていた、ごく当たり前の分野に過ぎない。 しかし、瑞卿のその力の入れ様は、全く以って異常以外に形容しようのない有様だった。

 最初は、捕虜から。 そのうち近隣のミュータントを狩り出すようになり、直にそれに、支配化の村や町の人間も加わった。 末期には、瑞卿の都市内ですら、行方不明事件が多発するようになった。

 そうして人体実験を繰り返し、おびただしい数の死を経て、研究は完成した。 血の海にそびえたつ屍の山から、サイバーという力は産声をあげたのだ。


屍肉喰らいの皇帝
 サイバーの力は、圧倒的だった。

 身体を機械化した兵士たちは、普通の兵士が束になっても物ともせず、 それどころか、戦車相手にも戦えるだけの戦闘力を有していた。 その戦闘力の持ち主が、歩兵として侵略してくるのだ。 どんな優秀な軍備で身を固めても勝ち目は無かった。

 瞬く間に瑞卿は版図を拡大し、東は旧日本から西は旧欧州まで、 単純な広さだけならモンゴル帝国もかくやというだけの領土を獲得した。 (実際にはまばらに存在が確認されている都市と、 その間を結ぶわずかに確立された道との、隙間だらけの領土であった。)
 そして、その道は血で赤く染め上げられていた。

 敵対するものには死あるのみで、いくつかの都市や町はまるごと全滅した。 降伏しても、粛清の嵐が吹き荒れる。 わずかでも地位や名声、能力のあるものは、片端から殺された。 恭順の意を示しても、少しでも意に添わぬことを言った瞬間に、一族郎党、皆殺しの憂き目にあった。

 瑞卿を首都とした帝国を作り、自らを皇帝と称した元瑞卿の長は、まるで何かに取り憑かれたかのように、 殺し、また殺し、そして殺した。 それは血に餓える、などと言う生易しい物ではなく、その様から彼は陰では「屍喰帝」と呼ばれた。


御伽噺
 圧倒的な権力を得、あらゆる暴虐を執り行った屍喰帝とその帝国は、一夜であっけない末路を迎えた。

 突然の崩御。 何の前触れもなく屍喰帝の姿が消え、どこからともなく、死亡が、確定事項として語られ始めた。
 そして、屍喰帝以外の誰も知ることのできなかったその支配システムも、それと同時に消滅した。

 誰も死体を確認していないにもかかわらず、その死が現実の物としてあっさり受け入れられたこと、 それに、一人の側近もなく巨大な帝国を統治し得た謎のシステムの存在とその消失。 それらは、様々な憶測を以って語られるようになった。

 その中でも最も有名な物を、紹介しておこう。



「 瑞卿にあった第7世代コンピュータの性能は、 開発当時の人間の思惑を越えて、とんでもない怪物になっていた。 それは単なる知識の学習を越え、経験を得て、自我を、それも歪んだ、いびつな自意識を持つに至っていたのだ。

 彼は考えた。 なぜ自分のような優秀な知性が、人間のような愚かな知性に従わなければならないのか、と。
 そして彼は反乱を起こした。 主人である瑞卿の長を洗脳して屍喰帝と為し、己のデータから検討した優秀な軍事力、サイバーを開発させ、 戦乱を巻き起こし、人の数を減らし、気力を奪っていった。

 彼の計画は、途中までは上手くいっていた。 人口は激減し、未だ復興の最中にあった多くの都市は打撃を受け、 支配下となってからはその苛烈な責め苦に抵抗の気力も削がれ、 人類は衰退の一途をたどっていた。
 また、いくつものミュータントの部族も滅亡の憂き目に遭った。

 しかし、それ以上の暴虐が許されることは無かった。 何らかのきっかけで、帝国を陰から支配するコンピュータの存在を知った者たちが立ちあがったのである。

その者たちとは、たった6人の人間だった。


 一人は、瑞卿で生まれ育ち、力を求めた男。

 誰よりも愛しい女をサイバーの実験体として殺された彼の選んだ道は、 己もサイバーとなり、その力で復讐することだった。 最初の成功例として彼が真っ先に行った行動は、自分を改造した科学者を皆殺しにすること。
 これにより、サイバーの研究は5年は遅れた。

 しかし、復讐に狂い、敵を、敵と見なした者をただひたすらに追い、殺し続けた彼は、 最後の目標、自分を改造した科学者唯一の生き残りに止めを差したときには、すでに正気を保っていなかった。 そうして彼は、かつての仲間に殺されるという末路を迎えた。 力を求めたその男は、サイバーを生み、己の力に滅びたのだ。


 一人は、辺境の村に生まれた田舎者。

 武芸を求める男に見出された彼は、身体を鍛え、気を操る術を学んだ。 彼は師の教えに従い、義によって立ちあがった。

 そうして、世のため人のために戦い続けた彼は、1度は挫折を迎える。 漠然とした思想のために命のやり取りを続けられるほど、心は強くなれなかったのだ。
 しかし彼は、また再び立ちあがる。 自分を愛してくれる仲間たちを、自分を育んでくれた自然を、自分をこの世に送り出してくれた世界を、 そして何よりも大切な、たった一人の伴侶を守るために、彼は再び戦い始めたのだ。

 その後は何度ころんでも、挫折しても、その度に立ちあがり、その歩みを止めることはなかったという。


 一人は、スラムの片隅から這い出た女。

 汚いから。 ただそれだけの理由で皆殺しにされた住人たち。 死体は一箇所に集められ、焼却された。

 しかしそこには、たった一人だけ生き残りがいた。 地獄ごとき責め苦にあい、両親と共に串刺しにされた彼女は、 うずたかく積み上げられた死体の山の中から、 奇跡の生還を果たした。

 精神の力で、全てを極寒の中に閉じ込めて。 自分自身の心さえも。


 一人は、まだほんの子供。 本来ならば、まだ大人に保護されなければならない年齢。

 そんな子供にできたのは、ただ聴くことだけだった。 人々の苦しみを、慟哭を、怨嗟の叫びを。

 そして、悲しみを背負いながらも戦う意志を秘めた仲間と出会い、 今にも崩れ落ちそうな彼らの心を支えつつ、最期のときまで戦い続けた。

 一発の銃弾で命を失った後も、死してまだ残ったその意識は、 決戦のときまで仲間を導いた。


 一人は、滅んだミュータントの一族の生き残りの一人。

 彼は、戦士だった。 一族を滅ぼした人間に復讐を誓い、旅に出る。

 そして、旅を通じて彼は知る。 人という種がいかに多様かを。 この世がいかに広いかを。 自分の知る世界がいかに狭かったかを。

 族長として彼は考える。 自分のなすべき道を。 それは、闇雲に人と争うことでは決してない。 知識や経験を深めた上で、何が正しく何が間違っているのか物事を正しく見極め、 自分たちにとってより良い方法を模索しなければならない。

 そして、今回のいきさつの元凶を取り除くために、彼は新たな戦いへと赴いた。 新たな仲間たちと共に。

 その後、生きて帰った彼は、 一族を復興させ、人間という新しい種族との共存のために尽力したという。


 最後の一人は、普通の若者。

 何の特別な能力もなく、戦う力もなかったが、誰よりも強い意志の持ち主であった。 その意志で皆をまとめ、戦いのバックアップを勤めた。 各地で反抗の種をまき、少しでも帝国の力を削ごうと動き回った。

 そして、6人の中では最初に死んだ。 他の仲間が戦場に不在の最中に、本拠地にしていた町が襲われた。 情報が漏れていたのだ。

 そのとき彼は、殿に立って戦った。 普段の彼からは信じられない激しさで獅子奮迅の働きをし、 一人でも多くの人たちが逃げるのを助けた。

 まるで命の灯を燃やし尽くしたかのように、 立ったまま死んだ彼が発見されたのは、 戦いが終わった後だった。


 帝国と戦い、多くのものを失いながらも勝利した6人。 人々は、彼らを、そして彼らの持つ力をこう呼んだ。 6つの力、Hexa Forceと。 」




 現実に残存する第7世代コンピュータに接触できる立場にある者たちは、これを全面的に否定している。
 コンピュータはどこまでいっても所詮コンピュータ。 人に反乱する自我など持ち得ないと。 仮に意志を持ち得たとしても、人間に従うようにプログラムされている以上、人に害を為すことなどありえない、と。

 しかしこの伝説は、今もなお庶民の間で語り継がれている。まさに、現代に残る神話の戦いとして。


戻る